I miss you

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最初に聞いた時、よく分からなかった。曲はめっちゃ良いと思う。どうやら96年頃当時高校生だった女性二人で結成し、何枚か音源を出して、世紀が変わる前にはもう解散していたらしい。
良し悪しの話じゃなくて、これを聞いて今の自分が感じている気持ちはなんだろう、とぐるぐる考えた。


たまに外部要因によってどうしたらいいかわからない気持ちになるけれど、感動とはまた別の衝撃に立ち向かうには決まった正解がないから厄介だ。
これは個人的なこと過ぎて、わざわざネットで言わなくても誰かに会った時べらべら喋ればいいことなのかもしれない。
僕はあんまり言葉を上手く扱えている自信がないから、発信する、とかそういうの違うしな。
でもこの曲は勿論、ストロオズの他の曲や、メンバーだった加藤りまさんの音楽はとても素晴らしいものだ、というシンプルな気持ちは変わらない。


誰にも干渉せず、影響を与えず、静かに人生を歩む人もいるし、反対に自分を見てほしくて、誰かに自分を認めてほしくてしょうがない人もいるし、その二つともどちらもお構いなしにただただ素直に、時にとげがあるようにみえてしまったりしながら生きている人もいる。そしてたぶん他にもいろいろな生き方がある。

どの生き方も否定すべきものではないし、するつもりはないけれど、何かを発言するってことは、最も根源的な方法で自分を表現して、その代わりに相対する感情や思考その他を下敷きにしているってことなのかもしれない。

ただ単に不特定の目に見える形にしたくないってだけならそもそも、そのフィールドに乗らなければいいわけだけど(ってことが他人の生活と折り合いを持たせながら出来るのかどうかは知らないけれど)全てを制限して抑制しながら生活するのはとても難しい。ことだと感じている、自分は。

もう20代も中盤を過ぎたころなのに、上手い具合に感情とか思考のチューニングが下手なまま生きていて、誰かと共有したいことが押しつけなのではないかと迷ってしまう時がある。

 

でも何度も聞いているうちにハッキリと、この20年以上も前のアーティストの、そしてそのメンバーだった彼女の、音楽を聴いて、絶対にこれは誰かに伝えなきゃいけないものだ、と感じた。

自分が彼女らの音楽を聴くことが出来て自分だけの宝物を見つけたような気持ちになれたからこそ、これを聞いて誰かがまた違う気持ちを抱くことが出来たらとても素晴らしいことだ、と思えた。それが別に良い気持ちじゃなくてもいい。自分と自分の気持ちばかりを大事にし過ぎていると、多分何かをダメにする。


彼女たちの音楽はヘナヘナだけれど、とてもパワーがある。そして、びっくりするくらいにシンプルだ。何にも媚びていないし、作りこまれていない。すごく自由に切実に丁寧に、でも初期衝動はバンバン感じる、みたいな。一瞬の輝きのようなものに満ちていて、それを真空パックし、開けた瞬間に一気に真っ直ぐ飛び出してくるような感じ。僕の感じた衝撃は、輝きという実体のない一瞬の出来事をこうやって残せている、という事実だった。

 

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